2015年4月アーカイブ

特に1980年代、フェミニズムの台頭で「女性の時代」がはじまった日本社会で、なぜ子どもを産まないのかという少子化問題を前面に出しにくかった事情もあった。

しかし、どういう事情があろうがそこに先見性をもって警鐘するのがメディアの役割であり、その役割が充分ではなかったことはいなめない。

少子化対策が遅れたのは、少子化問題が"票"にならないから政治が積極的に動かなかったからである。

そうなると当然、官僚も動かない。

逆に高齢者対策は"票"につながるから与野党こぞって対応が早く、高齢者対策「新ゴールドプラン」にはあっという間に9兆円もの巨額な予算がついている。

はっきり言って、政府は生まれてくる子どもより老後を優先したのである。

ここにも「未来」に対しての無理解・無計画さが垣間見える。

ちなみにわが国の子ども関係の社会保障給付費の割合はわずか3%、先進国では10%である。

2002年5月21日、厚生労働相が少子化現象について「これでは国が潰れる」と進言し、首相がすぐに「新しい少子化対策」を指示したたった半月後の6月6日、政府は児童扶養手当の支給を制限する政令改正案を閣議決定している。


日本では、未来予測、長期計画に真剣に取り組まない性癖がある。

むしろそれを少々、馬鹿にするきらいもあった。

これは「来年のことを言うと鬼が笑う」という諺がまかり通る農耕民族・稲作民族特有の体に染み付いた性質である。

万全の対策を講じていても、大型台風やひどい干ばつに見舞われれば稲は壊滅する。

それを一年前から心配していても仕方がないという生き方を日本人は何千年もやってきたのだから、その性癖はDNAの中にどつしりと根を下ろして、どうしても未来予測に力が入らない。

そして、いつも事が決定的になってから慌てる。

国民、特に行政の未来予測・長期計画の杜撰さが、少子化対策が遅れた大きな理由の一つである。

ちなみに、企業ではその性癖に甘んじていたら会社は潰れてしまうから、30?40年前からマーケティングの需要予測を重視するようになっている。

赤ちゃんメーカーが生産する哺乳瓶の量は当然、出産予測数で調整している。

第二の理由は「女性が子どもを産まない」という問題はプライベートなことということで、政治・行政並びにメディアがこの問題に深く関わることを躊躇したことである。